鉄の女衞藤英子

私の母が衞藤英子

鉄の女です

 

母親一つで子供4人を

高校まで出し

 

母子家庭申請もせず

黙々と働いていた

 

私は高校時代には

60kgのカマスを担いで

 

走り回るくらいな

丈夫な体で向かうとこ敵なし

 

夜に従兄とスナックに出入り

喧嘩もバイク自損事故もした

 

母親が耕運機と共に

道路の下に落ちて

 

肋骨を3本骨折しても

さらしを撒いて歯を食いしばり

 

仕事をしている姿をみて

心を入れ替えた

 

「こいつは本物!」

 

子供4人が東京に居るころ

50歳の頃の母を東京に呼んだ

 

ど田舎から上京して

電車に一人で乗れなかったが

 

数カ月後には池袋界隈は

庭の様に詳しくなっていた

 

子育てが終わり

昭和2年生まれで

 

戦前教育しか受けていなく

ローマ字も読めないと言い

 

学校に通ってだして

暑中見舞いをローマ字で送ってきたり

 

ピアノは無理でもオルガンと

習いに行ったり

 

詩吟教室に通い

荒川の土手でがなっていた

 

ソシアルダンスは80歳近くまで

真黄色のドレスを着てやっていた

 

まあ好きなように何でも挑戦

お蔭で病気知らず

 

80歳を過ぎたら急に

畑で野菜作りがしたいと言い出し

 

勝手に叔母の家を借りて

大分に引っ越していた

 

一時は道の駅に野菜を出荷

楽しそうだったが

 

ど田舎は買い物が不便

買い物難民と言っては

 

今度は福岡市に

勝手に引っ越してきた

 

80歳を過ぎたら少しは

おとなしくなるかと思えば

 

益々鉄の女になる

病院では特に問題もなく

 

常備薬は無し

姉が脳のMRI検査に連れていく

 

全く問題なしの返事

血圧も心臓も問題なし

 

時々膝が痛いと

治療に来る程度

 

今はペン習字検定の添削

何級が取れたと嬉しそう

 

「私は100歳はいく」

そうおっしゃってます

 

好きなようにしてください